我が県に・・避難民の方が、着の身着のままで出会ったのが・・1ヶ月前・・
以前に、紹介しましたが・・3月11日の津波で、家が半壊し・・車で1夜を過ごし・・
3月12日に、浪江町から避難所に移動して、そのまま家には帰れなくなり・・
そのまま・・放射線の被爆の危険から、県外に避難して・・2000円の給油制限で
富山に・・市役所の対策室から、私の携帯に・・「miyahiroさんのマンションに、1世帯お願いします」
私は、一つ返事で「オーケーです」・・とお世話をして1ヶ月以上・・
Aさんは、私のことを神様のように思っているとのこと・・市役所の人からのお話・・
出来ることをしているだけですが・・
昨日・・Aさんから、miyahiroさんの紹介の教師の就職ができたらしい・・
よかったねぇ~Aさん・・「しかし、福島弁に生徒をしないでね(笑)」
完全に・・Aさんは、富山が気に入っているらしく、富山市民になられました。
こういう、福島県民の方も、います。今週は、米30キロが配布されるそうです。
富山市役所も、手厚く出来る範囲内で面倒をみているし・・私も、でしゃばらず適度に
コミニケーションを取ってます。
しかし彼らは・・「自分だけが、こんな良い目に会って良いのだろうか・・」
と他の避難者の方のことを、気にかけてます。
私は、福島のAさんを家族の様に一生付き合うつもりでいますし、Aさんも同じみたい。
落ち着いたら、一緒に浪江に行くことを楽しみにしてます。